わたしの財布のなか

150万円の貯金を転職と引っ越しと全身脱毛で溶かした愚か者の再生記録。

私の敬愛する美容師の話

きょうは朝イチで、行きつけの美容院に行ってきた。

 

カットとカラーで9,270円。

 

他と比べても決して安い料金ではない。だけど私は、今後もお店がなくなるまでここに通い続けると思う。

 

 

 

今の美容院に出会うまで、正確には今お願いしている美容師さんに出会うまで、私は美容院という場所が大嫌いだった。

 

髪を切ってもらいたいだけなのに、イケイケの店員さんとお話をしないといけないような雰囲気。

 

一番苦手な質問は"このあとどこ行くんですか?"。

 

なにも予定がないと言う勇気がなくて、いつも適当な場所を答えていた。張り切って髪をくるくるセットしてくれる美容師さんに、いつも無駄な仕事させてごめんなさいと心のなかで謝っていた。

 

 

 

高校生の頃、友達が通っているという話を聞いて通い始めたのが今の美容院だ。

 

当時は今の美容師さんはおらず、数人で経営していた。特に気に入っていた訳ではないが、スタッフの感じもそこまで悪くないなと思いしばらく通っていた。かといって特別誰かと相性がいいわけではなかったので、担当は特に指名しなかった。

 

通いはじめて1年くらいたった頃、お店の名前が変わった。その頃から30過ぎくらいの男の美容師さんが毎回やってくれるようになる。それが今でもお願いしている美容師さんだ。

 

その頃はわからなかったが、私が通っていた美容院は一度閉店したらしい。それをこの美容師さんが居抜きで引き継ぎ、その後新しく美容院を始めたのだ。頻繁に通っていたわけではなかったので特にお知らせなどなかった。私がそれを知ったのは少し前だった。

 

私はそれからも、1年に3〜4回のペースで通い続けた。スタッフは男の美容師さんただひとり。

 

はじめは当たり障りのない会話をしていたと思う。8年くらい前の話だからほとんど覚えていないが。

 

もちろん、美容師さんだから愛想はいい。話も面白いし、腕もいい。だからといって、私自体が人と距離を縮めることに長けていないので、数年はなにも考えずに通っていた。以前の美容院嫌いは解消されていたが、ここじゃなきゃダメだとは思っていなかった。

 

 

 

いつからか、美容師さんと仕事の話をよくするようになった。

 

私は元々料理人だった。その頃は本当にお金がなくて、体力気力が磨り減る中で、仕事の悪いところばかりが目についていた。友達と会えば仕事の文句ばかり。給料が安いだの、拘束時間が長いだの、今思えば料理人と名乗るのも恥ずかしい状態だった。

 

そんなある日、仕事の合間をぬって美容院に行った。"最近仕事はどうなの?"と訊かれ、本当は文句を言いたかった。だけど美容師さんの前ではそれがとてつもなく恥ずかしいものだとその瞬間思った。

 

美容師の下積み時代がどのようなものかを知っていたからだ。

 

これは友人の美容師見習いから聞いた話になる。美容師というのは、朝から夜まで仕事をこなしたあと、日付が変わるまで毎晩練習をする。終電は間に合わないので住み込みか近所に部屋を借りる場合が多い。店によってばらつきはあるが、カットが任せてもらえるまでのステップは多い。おまけに休みは週に一度。給料は安く、社会保険に加入していないケースもある。私はこれを聞いたとき、美容師の凄さを知った。

 

この人がここに立って私の髪を切るまでに、どれ程の苦労をしてきただろう。きっとそれは計り知れない。

 

そんな人の前で、私はそんな低次元の文句を言えるだろうか。

 

言えなかった。

 

代わりに、仕事の中でこんなことが大変だ、という話を少しした。話し始めると、それを克服するためにやっていることや、うまくいかないけれどたまに出来るとうれしいといった言葉が次から次へと出てくる。ついこの間まで文句を垂れ流していたこの口が、するすると仕事の話を紡ぎ出す。

 

決して口から出任せを言っているとか、見栄を張っているわけではなかった。それは確かに本心だった。

 

それに対して、美容師さんは感心しながら、美容師だとこういうところが大変という話をしてくれた。私はそれに感心する。お互いに、その繰り返しだった。

 

 

 

やがて、美容師も料理人も自分の手仕事で相手を喜ばせるという点で同じだという結論に至った。ようするに、私たちは同じ側の人間だったのだ。

 

世の中には"住む世界が違う"という言葉がある。

 

お金持ちだとか社長だとか、そういった次元だけの話ではない。苦労をしたくない、自分が一番、他人を嘲笑って自分の地位を確立する、そういった人は確かに存在する。すごく嫌だけど。

 

私が思うに、日本人の大多数は楽して稼いで休日にバカンスに行くような人生を一度は夢見る。誰かが作ったものを与えてもらうことを願う、それが幸せだと疑わない世界がある。

 

だけど、美容師や料理人は腕を磨く。他の仕事にも言えるかもしれないけれど、誰かの喜びに繋がるならと奉仕する。新しいことを覚えたら、試して相手の驚く顔や喜ぶ声が欲しいと思う。

 

こんな世界に身を置いてしまえば、与えられる人生は酷く退屈だ。

 

腕を磨く理由がある。だから私はそれを続けてきた。今は違う仕事だが、お客様の食事の席に携わるのは変わらない。

 

 

 

この美容院に来ると、仕事において忘れかけていた情熱が再熱する。決して熱く語られるわけではなく、飄々とした喋り口だが、この美容師さんは本当に誰かをきれいにするのが好きなんだと伝わる。

 

辞めてしまった私にとって、職人さんと話すのは少しいたたまれない。だけど美容師さんはそんな空気を作らない。今も私を同じ世界の住人として扱ってくれる。

 

そして今日、ふと手の話になった。

 

指の骨をぱきぱき鳴らすとよくないという、誰もが聞いたことある話。美容師さんが"手タレとまではいかないけど、手を使うからねえ"と言った。私はてっきり美容師さん自身の話だと思い、"私は使わないから問題ないです"と言いながら指をぱき、ぱき、と小さく鳴らして見せた。

 

すると美容師さんは言った。

 

"俺も貴女も使うでしょ"

 

ちなみに、隠す必要もないのでここで言うと、私の今の仕事はワイン販売だ。併設されている飲食スペースでワインを抜栓して提供することはあるけど、私の中でそれは手を使う内に入らなかった。

 

美容師さんはそういう意味で言った訳じゃない。私がきっとまた、料理人に戻ると思っているから言ったのだ。

 

"だって貴女、絶対またやりたくなるよ。こっち側から簡単によそへは行けないよ"

 

簡単によそへは行けない、確かになあと思う。生活に困窮していなかったら、私は多分料理を辞めていなかった。

 

前に友達の両親に料理を提供したこともあるけど、話によれば私が辞めたことを未だに残念がってくれているそうだ。以前のお客様にも私のことを気にかけてくれている人がいるらしい、後輩がたまに教えてくれる。

 

たった7年弱しか働いていないけど、確かに私は料理人だった。実感があまりなかったけど、わりと多くの人を笑顔にしてきた。

 

この美容師さんに会わなかったら、きっと何の未練もなく段々楽な仕事に移行していただろうなあ。

 

どうやらこちら側の人間は、楽な人生を送ることの方が難しいらしい。

 

 

 

人生まだまだ、これから。

 

お金を貯めることに注力し過ぎず、生き方を今一度見直すきっかけになる。それがこの美容院だ。

 

私の世界を肯定してくれて、世界を広げてくれて、時には私が目を背けていることに向かわせてくれる。本人にその気はないだろうけど、私は本当に感謝している。

 

 

 

毎回支払う料金には、カットとカラー、それと人生相談が含まれている。

 

それでお値段9,270円。

 

なんて安いんだ。

 

きっとこれからも通う。だからどうか、少なくとも私の人生がぶれなくなるまで続けてほしい。私のわがままだとはわかっている。だけど私の人生のターニングポイントには、いつも美容師さんの言葉がある。だから軌道を変えられる。

 

美容師さんだから、おべっかでしょうって言う人も多分いる。でもね、私は違うと信じたい。同じ世界の住人しかわからない、通じ合う何かがあるって信じてる。

 

 

 

余談だけど、私はあまり美容に興味がない。

 

そしてこの美容師さんは、食べることに無関心だ。

 

こんな二人が、こんな互いを相手に仕事のことを誇らしげに話しているなんて、不毛で笑えてくる。

 

それでも楽しいのは、互いに相手の仕事に敬意を表しているからだと思う。

 

 

 

美容師さん、

 

きょうも、素敵な髪に仕上げてくれてありがとうございました。