私の話を聞いてくれ。

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お酒をよく飲む私の話

私はいま、ワインショップで働いています。

 

働く前は元々、ワインは馴染みがありませんでした。いいレストランに行ったときに、食事だけ頼むのも申し訳ないから高いけど仕方なく1杯だけ頼む、みたいな位置付けだったと思います。家じゃまず飲まないものでした。

 

赤はだいたいみんな渋くて、白は水みたいだけど酸っぱくて、ロゼなんかはもはやどっち付かずの謎飲料。こんな認識。

 

 

そんな私がワインショップで働きはじめて1年ちょっと。

比喩ではなく本当に、店中のワインをほとんどテイスティングすることができました。

 

国、造り手、品種、天候、土壌など、要因はさまざまですが、ワインって本当にいろんな味があるんですよね。同じ品種のブドウ畑が道を挟んで隣同士という近距離なのに、右の畑と左の畑では味が全く違うワインが出来上がることもざらにあります。

 

ワインに限らずですが、違いがわかり始めるとおもしろくなってくるんですよね。そして知らないものを確かめたくなる。

 

私も例外ではありません。

この1年で私は、いろんなワインを買いました。家で酒をほとんど飲まなかった私が、家でワインを飲むようになりました。最初は麦茶を飲むコップでしたが、泡用とスティルワイン(発泡していないワイン)用の2種類のグラスを揃えました。

 

 

最近の私を見て、"こいつは酒飲みだな"とか"そんなにたくさん飲んだらアルコール依存性になるよ"なんて思っている人もいるかもしれません。

 

確かに1年前と比べて、圧倒的に飲酒量は増えました。肝臓にも迷惑を掛けっぱなしです。家計もやんわり圧迫しています。

 

 

でもね、私はワインを"アルコールを含んでいるから飲んでいる"わけではありません。

 

"この味だからワインを飲んでいる"のです。

 

 

ぶっちゃけ、アルコールはなくてもいいです。だって私に"酔いたい"っていう理由はないから。

ワインは、ブドウから絞ったジュースに酵母を添加して、ブドウが元々保有している糖分をアルコールと二酸化炭素に分解させるという行程を経て醸造されます。デンプンを糖化するとか原料を分けて発酵させるとか所々違いはあるけど、ビールや日本酒なんかもだいたい同じ。

 

だからアルコールを含むのは当たり前であり、仕方がないことです。私はただの"ブドウジュース"である状態より、性質変化した"ワイン"という完成形の"味"が好きなのです。そしてたまたま、私はアルコール耐性があるから普通に飲んでいます。それだけです。

 

 

"ジュースじゃだめなの?"って言われたりもするんですが、ジュースじゃだめです。私にとって、ジュースは甘すぎます。大概のジュースは食事には合いません。

 

私は食事の席でのみ、お酒を飲みます。ワインに限らず。お酒単体で飲むことはしません。ドイツ人が水の代わりにビールを飲む感覚に似ているかも(ああ、でもこんなこと言うとものすごい酒豪みたいに思われる)。飲む量が多いのも、もともと食事中に水を多く飲むくせでついお酒も飲みすぎてしまうのです。ここは反省。

 

ワインは特に、食事に合わせることによって真価を発揮する飲み物だと思っています。それも最近になって知ったこと。いろいろ組み合わせてみたり、楽しんでいます。

※補足として、高級な古酒なんかは単体で飲んだ方がしっかり味をとらえられます。

 

 

だけど、もしもワインの味でアルコールを含まないものがあれば、私もしかしたらそっちで満足出来てしまうのでは?と思います。以前ノンアルコールスパークリングワインを飲んだのですが、わりと本格的な辛口の味わいでおどろきました。甘ったるくないので食事にも合います。これからそういうものが増えてくるのかな。

 

まあ居酒屋とかでわいわい楽しむ席では、程よくアルコールが入っていた方が都合がよかったりします。だからオーフフリーよりサワー。

 

 

お酒って悪者にされがちだけど、正しく飲めば食事の席を彩るものだし、種類は無限にあるので飽きることもありません。造り手だって人生かけて本気で作ってくれています。それに適度なアルコールは、ちょっとした免疫として身体にいい作用を与えてくれます。

 

ただ本当に、自分は絶対大丈夫なんて慢心してお酒を飲むのはダメです。アルコールの過剰摂取は体に毒ですから。暴言とか暴力とか、他人を傷付けるのはもってのほか。気を付けましょう。

 

 

さっき、味が好きだからお酒を飲むと言いました。

でも最初から好きだったわけではありません。私がお酒を飲むきっかけになったのは味ではなく、"みんなでわいわい飲むという構図に憧れたから"でした。

 

幼い頃から、父親や親戚が飲んでいるのを眺めていました。みんな頬をすこし赤らめながら、楽しそうにわいわいお喋りをする。その光景を見て、なんて楽しそうなんだろうと思いました。うちの人たち、みんな大酒飲みなんですよね(笑)私も大人になったら飲めるんだなーって、わくわくしていました。

 

はじめて飲んだビールは、死ぬほど不味かったです。でも、何となくかっこつけて、まあいけなくもないかなとか言いながら無理やり流し込んでいました。あれ、大人たちあんなに美味しそうに飲んでたけど、味覚死んでるの?なんて思ってました。

 

それから職場の人たちとよく飲むようになって、いつの間にかビールに抵抗もなくなり、まあ美味しいとは思わなかったけど飲めるしなって感じで飲んでました。その頃には私が憧れた"みんなでわいわい飲む"が達成されて嬉しかったのを覚えています。これで味も美味しければなあ、なんてぼやいてみたり。

 

最近ようやく味もわかってきて、前よりわいわい飲みたい欲もなくなり、いろいろと落ち着いてきたところです。

 

 

一時期は、自分こんなに酒ばっか飲んでてどうしようもないな、なんて自己嫌悪することもありました。

 

というのも、私の友達ってみんなお酒飲めないんです。それでも私が飲むのに合わせてがんばって1杯飲んでくれたりする様子を見て、なんで友達がちょっとしんどそうに含んでいるものを私は平気で飲めてしまうのだろう、って落ち込んだり。

 

今思えば世界が狭すぎてお話にならない理由ですが、当時は深刻に悩んでました。

誰かと飲むとき、誰も頼まないのにお酒を頼む。今日はやめようと思っても、いざ注文の場になったらついハイボールを頼んでたり。飲み始めると3~4杯はあっという間に飲んでしまう。お会計で自分だけ多く払っているときに、またやってしまった…って内心激へこみしてました。

 

で、多分毎回少なからず酔ってるんですよ。気付かれないように気を付けていたものの、実はめちゃくちゃ酔ってることも何度かありました。私の場合、酔うと声が本当に大きくなってしまう。というか笑いが止まらなくなる。だからあんま笑えないような話にシフトさせてみたり、ふわふわした頭が"笑うなよ?"ってがんばって指令を出してくるのにしたがっていました。

 

帰り際に友達に"本当に気を付けて帰ってねー"と言われたり、次に会ったとき"こないだは酔ってたもんね"なんて言われると、死にたくなりました。

 

 

飲まないようにしなきゃ…と思っても、結局飲んでしまって、あれ、なんか依存性の過程に似てない?って思ったところで怖くなりました。飲める量も増えて、やばいんじゃないか?って思ってめちゃめちゃクグったんですよね、アルコール依存性。

 

調べてみて、あーなんかこういう感じのやばいではないんだよなあという結論に至りました。アルコール依存性って、自分の心の隙間を埋めるためにアルコールを摂ってしまう人が大半です。その隙間っていうのは、認めてもらえない悔しさとか憤り、相手にされない虚しさなど、結構深刻なものばかり。それを紛らわせたくて"酔った状態を求める"んです。

 

 

私は基本的に、ストレス発散でお酒を飲みません。

多分いつもよりハイペースで飲んでしまって絶対酔うじゃないですか、いらいらしてるのにさらに酔って次の日頭痛いとかマジで勘弁してくれって感じなので、飲まないです。しかも冷静じゃないから味もよくわからなくて、それなら飲む意味ないです。

 

私にとってのお酒って、めちゃめちゃハッピーなものなんです。

 

みんなでわいわい飲んだり、美味しい食べ物と合わせて互いを引き立てたり、祭りや収穫のお祝いの盃だったり、結婚披露宴に笑顔で乾杯を交わしたり、もうそういうイメージなんです。ここに、"アルコールを含んでいるから"という理由はいりません。

 

 

だからまあ、アルコール依存性ではないし、そもそも毎日ガブガブ飲むわけでもないし、アルコール飲もうと飲むまいと友達は友達だし、アルコール飲む私が嫌っていわれちゃったらそのときはちょっと考えるけど…。

 

とりあえず気にせずまた飲むようになりました(笑)

 

私の中のワインブームも一生続くとは思えないし、ほとぼりが覚めるまでは気になるものがあれば飲むと思います。

 

 

ただまあ、アルコール依存性にならないかというと、飲めない人に比べると圧倒的に確率は高いわけで、そこは気を付けないとです。

 

そして、私にとっては今のところハッピーなイメージのお酒。でも育った環境や現状によっては辛いものである人もいると思います。自分が苦しんでいたり、はたまた身内や大切な人がそれを理由に傷付けてきたり。怖いものだという認識は、間違っていません。

 

日本人ってアルコール依存性患者がすごく多いんです。

なんと100万人以上、びっくりしたでしょ。

 

それは"アルコールの怖さを知らないから"。教えてくれた先生いました?たまにいるかもしれないけど、教える義務はないですよね。だから飲み会で変な飲み方をしている人を誰も止めない、むしろ煽る。

それから"依存性が病気と見なされていない"ことも大きな理由。これはアルコールに限らずですが、依存性患者はその家族も含め、どんどん孤立していくんです。

 

アルコールについて知ること、理解を深めることで、もっと正しく楽しく飲めるんじゃないかなと思っています。

 

 

一応、酒類販売に携わっている身なので、ちょっと真面目な話もしてみました。

 

嗜好品は節度を守ってほどほどにね!

私も気を付けます(笑)

実感している10倍は他人の目を気にしている

他人からどう見られているかが死ぬほど気になってしまう性格なのですが、前回の記事の休みの過ごし方問題でも知らぬ間に他人の目を気にしていた情けない自分に出会ってしまいました。

 

なんなんでしょうね、これ。

 

他人には言えるんですよ、どう振る舞おうと誰もお前なんか気に求めていないから好きにしろって。自分事となるとダメだねえ。少しでもみっともなくないように振る舞おうとする、結果めちゃめちゃ面白くない人間が出来上がる。

 

ただね、最近ひとつだけ、自分の意思で続けられていることがあります。それが家でやる筋トレ。以前までは、一緒に住んでいる彼にバレないようにこっそりやって、結局やらなくなってという感じでした。太っていること、それを気にしていること、間違っているかもしれないフォームを見られること、すべてが恥ずかしかったのです。でも最近は、「痩せてやるから今に見とけや」と豪語して、堂々と筋トレに励んでいます。おかしなフォームを治してもらったり、わりと楽しみながら出来ています。

 

 

本の学校って、間違えるとみっともないんだよって言われているみたいで、そこで育った私たちが間違いを恐れて何にもチャレンジ出来なくなるのも、もしかしたら当たり前なことなのかなと思ってみたり。

 

本来なら、やってみて、失敗して、そこをどうにか修正して、出来るようになって、さらに新しいことに取り組む、というように回り道しながらもどんどん先に進める仕組みになっています。

 

だけど私たちは、失敗は恥ずかしいと知っている。失敗しない方法はなにかと考えたら、自ずと何もしなければいいという結論にたどり着きます。

 

そんな挑戦しない私たちは、同時に他人のチャレンジや失敗を笑うようになってしまいました。

「どうせできないよ」

「はじめからわかっていた」

「どうやったらそんな失敗できるの」

こんなセリフを投げられたら、悲しいですよね。他人の目を気にしない人ならいいけれど、大抵の人が他人の目を、そして言葉を真正面から受け止めます。

 

 

そして引っ込めてしまいます、

勇気を振り絞って踏み出しかけた、その一歩を。

 

 

「こうしておけば、誰にも文句は言われない」

「みんなが選んでいるものを選ぼう」

「やれと言われたことだけやればいい」

やがて個性もやる気も自主性も何もない、臆病で空っぽな人間の出来上がり。日本には、若くしてこんな風になってしまった人がたくさんいます。

 

最初は、きっと好きなことがいっぱいあったはずなんです。きらきら光るおもちゃとか、変な形に曲がった木とか。それを誰かに笑われた、変だとばかにされた。その経験が増えていくと、みんなと違うことは恥ずかしいんだと思うようになっていきます。

 

実際、私はもっとひどくて、もともと飛び抜けた個性はありませんでした。自分が好きだなあと感じるものは、他のだれかも好きなものでした。ある日、変わり者の子が、周りから変だと言われているのを知ります。そこでずるい私は学びました。人と同じことをしていれば、あんな風に傷つけられることもないと。

 

そう、もともと私、そんな大して個性とか人と違ったなにかとかないんですよ。ないのはいいんだけど、いつの間にかその理由が他人から笑われないためになっていたんですよね。

 

 

なにこのつまらない人生。

 

 

さて、他人の目を気にしている私たちが、もっと生きやすくなるにはどうしたらいいのか。

 

答えは簡単、他人の目を気にしなきゃいい。

 

なーんて言ったら、ぶっ飛ばされますよね。そう、そのために出来ることが必要なんです。他人の目が気にならなくなる時ってどんなときなのかなって考えたら、2つしかないんだなと気付きます。

 

・世界から自分以外の人間が消えること

・他人の目が気にならないくらい没頭すること

 

ひとつめは現実的じゃないので、というかネタなのでスルーしましょう。ふたつめ、この脇目も振らずに何かに夢中になる状態って、凄く大事だと思うんです。

 

しかもこの状態、他人から見るとかなり魅力的に映ります。何かに一生懸命な姿って、本当にきれいなんですよ。でも本人はそんな視線に気付いていないという。

 

ただちょっと飽きてきてしまうとね、とたんに他人の目が気になり始めてしまいます。だからなるべく長く持続させるか、次々に興味の対象を変えていくのがいいかと。 

 

他人の目を気にしているときって、何にも一生懸命じゃないんだよね。というより、他人に変に思われないことに一生懸命だから、他人の目以外が気にならなくなってしまいます。

 

 

目標は故人の樹木希林さん。晩年は特に、慎ましくも伸びやかに生きていらっしゃった様子をテレビで拝見しました。あの境地まで行くにはそれ相応の時間も必要だけど、いつも頭の片隅に彼女の生きざまを置いておくといいのかなって。

 

つい長々話してしまいますね。

全然まとまりがないけど、そろそろこの辺で。

ひとつ前の記事を書き終えて

前回、休みの過ごし方がわからないことに関して、ぐだぐだと長ったらしくお話ししました。

 

 

ふと思ったんだけど、本来なら休みの過ごし方なんてどんなものでもいいはずです。こう過ごさなきゃダメ!なんてないはず。

 

だけど最近では、SNSでいろんな人の充実した私生活を見ることが出来ます。休みに旅行、BBQ、ビーチでバカンス!そんなリア充投稿を見せつけられているうちに、私たちは無意識のうちに、それを"休みの正解"としているのです。知らず知らずのうちにSNSから悪影響を受けているんだなあと感じます。

 

いろんなことへの興味が薄れて、暇さえあれば無意味にTwitterInstagramをだらだらと見続ける。これを読んでいる人も身に覚えがあるかもしれません。最近の私がまさにこれ。手持ち無沙汰になると、とりあえずタイムラインをぱーっと流し読みするのが癖になっています。もう何も考えずに、ただただ情報を受けとります。

 

SNSにはいい場面を残したくなるもの、特にInstagramはその傾向が強いです。私の投稿も例外ではないんだけど、上には上がいます。みんなこんなに頻繁に海外に行ったり休みの度に友達とパーティーしているの?とつい真に受けてしまうんですよね。

 

 

だけどさっき、なんかひとつ前の記事を書いた直後らへんで思ったんだけど、そもそも知らない人の日常をお手本にする意味ないよね?いや、たとえ知っている人であっても、それを見習う必要はないよね?

 

そんな当たり前なことに、こんな真夜中にようやく気付きました。

 

別に今は海外に行きたくないし、休みの日は正直ひとりで過ごす方がすき。でもSNSにはそんな真逆の人生を謳歌している人の方が目につくので、自分の価値観が否定されているような気持ちになっていました、!

 

InstagramTwitterについては、生活の知恵とかお金の知識を得るのに役立てていました。無料で私が知らない情報が手に入れられるので重宝していたんだけど、どうしても余計な情報も入ってきてしまうのよね。

 

"ハッシュタグ休日の過ごし方"とか検索かけなくたって、いろんな投稿を渡り歩いていたら勝手に出会ってしまうのも怖いところ。

 

その情報はいらんねん!て、叫びたい。

 

 

 

一番の解決策はアカウント削除なんだけど、このご時世、そんないきなりデジタルデトックスするのは難しいですよね。

 

でも、SNSとかで他人の日常を見なくなったら、私自身はどんな選択をするのか知りたいところではある。今はどうしても、つい他の人のいく道に着いていってしまうから。

 

もしも視界にきらびやかな日常の他人が入ってこなかったら?

 

案外、旅行とかBBQしていたら笑えるけど(笑)

 

その選択の理由が"他のみんなもやっているから"ではなく、"私がしたいと思ったから"というものなら、全然いいんです。

 

まあSNSのアカウントは消さないし普通に投稿もするけれど、せめてあっちこっち飛び回って勝手に苦しまないようにほどよい距離感で付き合えたらなと思います。

 

 

あとね、ついスマホさわりながらご飯食べたりしちゃうんだけど、さっきスマホを見ないでご飯を食べたら「ああ、うまいなあ!」ってなんか感動したのです。だからそもそもスマホ依存なところを直していけば、いろんなことへの興味も生まれるのかなあと。

 

私みたいにいつの間にか何がしたいのかわからなくなっちゃった人は、だらだらスマホさわるのまじで何とかした方がいいですね。とかいいながら今これ書いてるのまさにスマホなんですけどね、さっきの記事と合わせて1時間くらいぱちぱち打ってます。これはいかん。

 

 

 

 

やりがい搾取の成れの果て

千葉を南下すると言いましたが、前言撤回です。

 

 

夏休みが5日間もらえると思っていたんだけど、公休くっつけて1週間もらえることになりました。

 

歓喜(;O;)(;O;)(;O;)

 

1週間も休みがあるなら、さすがに千葉から出ずにぐるぐる回っているのももったいないなあと。なのでもう一度計画を練り直すことにします。

 

あと5月にもGWのあとだけど3連休がもらえました。1月ももらったけど、またくれるのね。シフトだけど休みは月9~10回あるからわりと連休作りやすいのかもです。

 

 

私、2年前まではホテルの料理人として、それなりにちゃんとした大きな会社に所属していました。

 

でも休みは月8回、夏休みも年末年始も3連休さえありませんでした。有給の概念もなし。たまに実績作りのために年に1回有給が勝手に発動されたりもして、その時は上司から感謝しろと言わんばかりのオーラを感じましたね。たった1日の休みをくれただけで何をえらそうに。

 

それでいて毎日1~3時間残業、なのに残業代合わせても今の基本給にすら届いてない。

 

当時は周りも同じ職場の人だったし、みんなもその待遇で生活していたので、まあこんなもんか…と思っていました。むしろ残業代が上乗せされた金額を見てちょっと嬉しく思うことも。

 

 

だから、今の会社に入って待遇が変わったとき、今までの扱いはなんだったんだろうって悲しくなりました。同時に、働いた時間や発揮した技術と給料は全く比例しないことがわかりました。

 

正直、私たちのような役職もない社員たちの給料なんて、一部のお偉いさんたちの采配によっていくらでも変わります。たとえ起動に乗っていたとしても、その後の発展より衰退を懸念して会社に残す資産を過剰に確保しようとすれば、自ずと給料は上がらないまま。現に、前の会社では給料がほとんど変わらなかったです。

 

今の会社は、まあ前の会社に比べたらましかなあとは思います。資格手当とか、決算賞与とか、前の会社では聞くこともなかった制度がちゃんと絵空事ではなく適用されているので。

 

 

ただ、今の会社では以前のようなやりがいはないです。最近思うのが、この"やりがい"っていうものがかなり厄介だなと。

 

前の会社では、やりがいだけはまあまあありました。スキルが上がっていく実感、それを試せる環境、出来ることが増えていくほどさらに高まる要求に答えるという、"やりがい"。

 

最初はやりがいがあるって幸せだなあと思っていました。待遇は悪いけど、自分は好きなことを仕事にしている、そんな耳障りがいい言葉に酔っていました。そんな私は、周りの大して好きでもなんでもない仕事をしている人たちより幸せだとさえ思っていました。

 

 

でも気付けば、私は疲れきっていました。

 

ずっとやりたかったことが出来ているのになんで?

 

夢だった料理人、自分が作った料理を食べてもらえる幸せ、今の私はかつて私が目指した姿そのものだ。上司や同僚だって、みんないい人だった。氷彫刻だって、鉄板焼きだって、やりたいことにチャレンジさせてくれる職場だった。

 

ただ、本当に冗談抜きで生活するギリギリの給料だったんです。ブラック企業ではなかったけれど、働く時間も日数も、その給料には見あってなかったと思います。あれ、これをブラック企業と言うんだっけ?

 

それでも、人は"やりがい"にしがみついて働き続けます。私だって、何だかんだで6年半も働きました。

 

 

ああ、私って本当に"自力で稼ぐ力"がないなあと思っていました。やりがいにしがみつくことしかできない。稼ぐ力がないのを隠すために、やりがいのある仕事を隠れ蓑にしていました。

 

今の仕事は、小売業です。端的に言えば、客に物を売るだけです。まあこの世の主な仕事はそんな感じだと思いますが。その中でもサービスを売るという"サービス業"は本当に異質で、無限の可能性がありながらやりがい搾取にもつながる諸刃の剣みたいな仕事だなあと感じます。

 

私が今やっている"物を売るという仕事"は、ざっくりいうと余所の人が作ったものを仕入れて、その人たちの代わりに売るという流れ。それを売るための仕掛けは施しますが、そもそもの商品を作ったりは出来ません。自社製品を販売する会社は多いですが、大抵作る人と売る人は別です。

 

いままで商品を作る側にいたので、それに比べると圧倒的に面白くない仕事です。作り手の想いを伝えるだとか、作り手の代わりに魅力をアピールするだとか、言い方によっては素敵な仕事とも言えなくはないですが…。

それでも、あっという間に1年以上続けられています。私がかつてしがみついていたやりがいの代わりに、それなりに人間らしい生活を保証されたのが大きいのかもしれません。

 

前の仕事では、仕事が自分の人生の大半を占めていました。今では、仕事以外のものにもしっかり目を向けることができています。決して仕事を手抜きしているわけではありませんが。

 

 

だけど以前として、"自力で稼ぐ力"というものはやっぱりありません。会社に所属して、その末端で、上から与えられた目標達成のために業務を行う、そんな毎日です。

 

仕事以外のところに目が向けられても最近はいまいち、物事に興味を抱く機会が減っているように感じます。年齢のせいもあるんだけど。

 

そして連休がちらほらもらえるようになりました。でもまとまった休みでやりたいことが浮かばないんです。何かしなきゃって焦るばかりで、そもそもいままでそんな長い休みをもらったことがないから、完全に過ごし方がわからないんです。去年の夏休みはとりあえず1泊だけちょろっと旅行してみたけど、どっと疲れてしまって。なので残りの3日間はいつもの休日のように過ごしていました。

 

 

やりがいだけで生きてきた人間の行き着く先が、それを失ったことによる妙に長い喪失感なのかもしれない。

 

漠然と、ここに行けばあなたは変われます!みたいな行き先を求めているのかも。今が一番、危ない宗教に引っ掛かりそうな時なので気を引き閉めますね(笑)

 

ここにきて、急に人生には答えがないという恐ろしさを痛感しています。はてさて、私はこれからどこを目指せばいいのやら。目指す先がないと不安になるのは、やりがい人間の短所ですね。

 

 

何言っちゃってんのたかだか連休ごときに、っていう意見はいりません。今、人生のリハビリ中だからほっといて。

 

はー、まずは3連休から考えよう。とはいえ正直、漫喫とか岩盤浴とか動画観賞でも別に楽しめてしまうんだよなあ。でもそれをもったいないと思う自分もいる。前の仕事ではあんなに連休欲しいって言ってたのになあ。いざもらうと戸惑うという休み不慣れ勢です。

 

でもよく考えたら、カレンダー通りの休みの人はちょくちょく3連休あるけど、そんな毎回意気込んで何かしていないよね?だいたい、2連休も3連休も大して変わらないような…。

 

 

いちいち何かしなきゃって思わなくてもいいという結論。何もしないことが悪ではないですよね。そう言い聞かせて、とりあえず一旦締めます。

私、こないだ千葉を南下したばかりだけど

私も彼も、夏ごろには5日間の連休がもらえる会社に勤めています。

去年は予定を立てるのが遅すぎて休みが合わなかったので、私は一人で金沢を巡っていました。今年はちょっと早めに動き出して、休みを合わせて出掛けようということに。

 

沖縄に行きたい私と、千葉を南下したい彼。昨日は酒を片手にディスカッションしてきました。そして、私がいつも通り折れました笑

 

私は沖縄の海や自然を満喫したいので、沖縄の離島に渡したいと主張しました。ただ、交通費や移動時間がかかるし、沖縄の特産品が苦手なことをうっかり口にしてしまったところ、そこを猛烈に攻め込まれた次第です。

 

彼は私と同じ千葉出身ですが、柏市民です。柏の人間というのは、アーバンパークラインという路線が船橋と柏を繋いでくれているにも関わらず、柏から南下してきません。常磐線に乗って北千住や池袋に出ていきます。これでは千葉県民と名乗れません。茨城や埼玉と一緒です。

 

だから彼は、千葉をあまりに知りません。対する私は、習志野という、いつ近隣地域に合併吸収されてもおかしくないような小さな町で育ちました。東京に出るにもあまり交通の便がよくないので、車でよく房総半島に出掛けていました。そのため、彼よりは千葉をめぐっています。

 

沖縄に辿り着くまでの旅費で、千葉で贅沢な旅が出来るのではないか。そういう唆され方をして、次第に私も千葉巡りに乗り気になっていきます。

 

そして私自身、千葉県内にある、グランピング施設が気になっていたのです。千葉にいれば、グランピングも出来るし、御宿という海もある。何なら伊勢海老だって食べられる。これはもう、わざわざ遠出をする必要はないのでは?

 

 

ということで、見事に論破されて、今年の旅行は千葉になりました。こうなったら、千葉の観光大使にでもなるつもりで千葉マニアになってやろうかと。

 

そうと決まれば、作戦会議。さらに計画を練っていきます。

転職してみた私の話

転職して1年ちょっと。

最近さくっと昇給しました。

 

もともと最初の給料の時点で、前職より上がったのでまあこんなもんかなと思っていたんだけど。

ていうかその前職の給料っていうのが、6年半働いて昇給を繰り返した果ての金額。対するここでの最初の給料っていうのは新入社員と変わらない金額。ほんと、調理師の給料ってゴミクズだったんだなーと。6年半で大卒の初任給にも届かなかったんです。

 

だからまあ、やりたいことをするにはやっぱり足りないけれど、いままでのカツカツ具合に比べたらなんぼか生活はマシになったのであまり給与面の不満はありません。

それがたった1年で昇給させてくれるとは。

 

 

転職してみて思ったのは、その会社に大勢持っていて当然のスキルが備わっていなくても、その人たちが持っていないスキルがあれば重宝されるということ。

だってワイン屋で働いているくせに、いまだに私ワインのことちんぷんかんぷんだからね。

 

ただ、ちょうど会社が飲食形態に力をいれようとしていたところだったからうまいこと潜り込めただけ。衛生のこととか食材管理が既存社員より遥かに出来るっていうのが会社の貢献になっている。逆にワインしかわからないんだったら、相当な知識がないと中途では採用されなかったんじゃないかなあ。

 

よく、会社でしんどかったり評価されないのは環境が合っていないからっていうけれど、あながち間違いじゃないです。

 

かなりのスキルがあるのに燻っているのは、他にも同じ分野に特化した人もかぶってしまうから。少し劣っていてもプラスアルファで別分野のスキルがある方が重宝される。そこはいわゆる、ブルーオーシャンというやつです。

実際、私の調理師としての腕というのはごく一般的です。知識量だってかなり少ないし、この分野1本で大成するのは無理だなと思っていました。それでも一歩職場を変えてみたら、たかだかホームパーティーレベルのつまみで感謝される。給与面も、上長が考慮してくれた。そこにおどろきました。

 

まあだからといって、この会社ではワインに特化しないことにはその先が難しいのだけれど。

 

 

私は、ここで長く働くつもりは全くないし、また転職をすると思うけど、いまはそれと平行してワインの勉強もしています。しかもこの職場、人が少ないから目が回るような仕事をこなさないといけない。それをさばくスキルを身に付けてから、ここを辞めようと思っています。パソコンももっと使えるようになりたいし。

 

 

ゆくゆくはね、自分で何かを作り上げたいし、その対価としてお金をもらえたらと思っています。料理じゃなくても、ワインじゃなくても、上司のお伺いを立てたりするんじゃなくて自分がいいなと思って力を込めたもので他人とやりとりするのが、今の私のぼんやりしすぎな夢です。

 

結局、お金は必要だし、満足しないと続かないし、だからといって歩みを止めたらなんにもかわらないし。私は、前職の人たちもすきだったけど、離れて新しいことをはじめてみてよかったなと思っています。

 

いつか、胸を張っていまの私を見せられるときが来たら、前職の人に挨拶しにいきたいな。

 

 

わたしの転職ってそんな感じ。

ゆるっとダイエットをはじめてみた

2週間前からダイエットをはじめました。

 

きっかけは本屋で出会ったこの本。

はじめてのやせ筋トレ

はじめてのやせ筋トレ

 

ダイエットをしようと思って本を探していたわけではなく、本屋に平積みされていたこの本を手にとってダイエットを決意しました。

 

読んでみるとわかるんだけど、なんだかこれなら私でもできそうって思えたんだよね。

 

今までダイエット本を本屋で探したことはあったけど、スタイル抜群の腹筋バキバキの人の写真がずらっと並んでいると気後れしてしまう。

この本はゆるっとかわいいイラストでトレーニングの手順が紹介されていて、とても親しみやすいです。

 

しかも1ページあたりの情報量が少ない、これが私にとってはすごくありがたかったのです。

あれもこれも掲載されていると、全部やらないといけないような気がしてしまって、でも結局ほとんど出来なくて挫折してしまいます。これは本当にはじめてダイエットのための筋トレやろう!って人のための本だなあと。

 

 

最初の1週間は、本の中にある通りの1週間日替わりメニューをやってみました。

1日2つの部位にアプローチするもので、全部やっても10~20分あれば終わっちゃいます。私は仕事から帰ってくるのが遅くて、朝は家を出るギリギリまで寝ていたので、こういうほんのちょっとの時間で出来るのがいいなと思いました。この1週間は基本的に帰宅後の寝る前にこなしてました。

 

すると、筋トレ後に寝付きがよくなったのか、朝いつもよりスッキリ起きられるように。なので次の1週間は好きなメニュー(主に腹筋)を朝こなし、夜も元気があればやるといったスタイルに。何もやらずに夜になると、やらなきゃ…という憂鬱な気持ちがさらにやる気を減退させるけど、朝やってしまえば夜はやってもやらなくてもOKなので気楽。しかも案外、夜もちょっとやればさらに効果が早く出るかも!とやる気が湧いてくるので、1日置きくらいで朝晩筋トレしていました。

 

 

そんなこんなで2週間。

 

まだね、見た目は変わりません。でも筋トレしたあとはパンプアップされた身体の変化がくっきり出ます。この体つきが、3ヶ月トレーニングを続けると通常時の体型として保たれるようになるんだって。3ヶ月後は筋トレする前からこの腹筋が見えてるのね…なんて妄想しながら楽しんでいます。

 

あと、冬場は物凄くドカ食いしていたので、身体がすごく重かったです。でも筋トレするようになって、このままの食生活じゃいかんな…と思うように。

 

休みの度にワイン1本空けていたのですが、まずそれをやめました。これじゃあ1ヶ月で10本近く飲んでしまう。とはいえいきなりゼロも難しいので、月に4回まで、1週間で1本空けるというルールにしてみました。実際、筋トレ初めてから2週間でまだ1本。なんとなく意識がやせたい方へ向かうようになってきているので、ワインをぱかぱか買うことはなくなりそうです。

 

それからコンビニで菓子パンを買う癖があったけど、これもやばいなと。帰るとき、職場から家まで1時間半かかるけど空腹に耐えられないので、電車に乗る前にニューデイズで菓子パンを2個買って急いで食べてから電車に乗っていました。これがね、ホントに金はかかるし太るしでいいことない!笑

なので大袋のナッツを鞄に入れておくことに。いつでも食べられるという安心感から、買い食い防止に繋がります。あと節約にもなる。パン2個で250円くらい。ナッツは1袋1000円くらいだけど、普通にちょくちょく食べていても1週間以上持つので長い目で見たらコスパよい。栄養価も高いので菓子パンよりまし。

 

救いなのは、もともとお菓子もジュースもあまり摂らないこと。甘いものがそこまで好きじゃないのです。友達と一緒とかなら食べるけど、わざわざ買って家で食べたりとかしないです。

 

 

 

振り替えると、いままでお金で贅肉や不健康を買っていたんだなあとしみじみ。そしてまたイライラして買ってのくりかえし。これじゃあいかんなあと、思い腰をようやく上げました。

 

でもね、食べるの好きだから、食べるときはもうめっちゃ食べるよ。ただそれを毎日はやらないように気を付けます。案外、そんなに食べなくても満足出来るってわかったので。

 

 

またしばらくしたら進捗報告しますねー。