私の話を聞いてくれ。

たまにはブログでもやってみる。

お酒が飲めないと言って早1ヶ月

お前いつまでお酒飲める飲めない問題引きずってんねん!っていう感じてすよね。私もそう思います。ただこれでいよいよ完結かなって感じなので、暇潰しにでもどうぞ。

 

 

結論から言うと、お酒はまあまあ飲める状態に戻っていました(笑)

 

前みたいに、ボトルワインを一晩で1本空けるという暴挙は、もうしていません。あれから一度だけロゼワインのボトルを買ったのですが、5日くらいかけてじっくり飲みました。1晩で1杯ちょっと、ゆっくり飲んでみたり寝る前にさくっと飲んでみたり。

 

家には彼の買ってきたプレミアムモルツの6缶パックがあります。以前なら絶対に私も我慢できずにもらっていましたが、なんか冷静に考えたらビールやっぱり苦いよな…って思ってしまって。結局1缶も飲んでいません。確かに、味が濃くてしょっぱい食べ物に合わせると美味しいんです。でも最近は、家では頑張って健康志向の食事を心がけているので、ビールが欲しくならないです。もともと出先で場の雰囲気読んで飲むか、ビールのイベントで飲むくらいだったなあと思い出しました。

 

 

それから、"たくさん飲める自分に酔っていた"ということを自覚してからは、徐々にお酒とのつきあい方が変わっていきました。

 

たくさん飲めなくていい、次の日のワインだって美味しい、それにご飯だっていっぱい食べたい。お酒が飲みたい以外の自分の願望に気付いたので、"ゆったり楽しむ"という本来のお酒との距離感を知ることが出来ました。ついつい飲める人を見たり、実際に飲めることを誉められてしまうと、それが正しい飲み方だと思い込んでしまっていたのです。違うよね、それじゃあ味も深みも感じられません。

 

つい先日、職場の人たちと飲む機会がありました。私より遥かに飲める人たちです。この時は、自分のペースでゆっくり飲みました。ワインだったんですけど、ちゃんとこうして自分のペースで楽しむとまあまあ面白い飲み物だなあと思いました。

 

 

あと急いで飲んでしまっていた理由のひとつに、やたらと時間が短いと感じていたのが影響していたのかなと。

 

飲み会とかあると、2時間くらいしかないからその間に飲めるだけ飲んだ方がいいなと本気で思っていました。家では夕方くらいになると、もう1日が終わってしまう、早く飲み始めなきゃという具合です。もう、病的でしょ?

 

時間は使い方や考え方次第で、自分が思っているよりも長くも出来るし、無駄に使えば短くもなる。今までの私は後者でした。あれもこれもおわらない、もういやだ、できない、ああもうこんな時間だ、なんで私ばっかりこんな目に、といった調子です。でも最近は考え方を変えました。あれ、これ5分あれば終わるな、先やっちゃお、これ今日やれば明日楽だな、という感じです。

 

 

ひとつひとつの習慣や考え方を見直すことが出来たことも、今回のアルコール騒動で得られた教訓かと思います。もちろん体調がよくなったことも大きいです。

それでも、全く飲まないという選択はしません。飲みたいときだってあるんだもの、飲めるなら飲んだっていいじゃない。これだけ飲めない人が多いこの国で、何故だかたまたま飲めてしまうのだから、節度を守って周りの人たちのことを思いやって、飲めばいいんだよなあという結論に達しました。

 

まあ油断するとまた以前のように飲み過ぎてしまって、やがて戻して反省して…って同じことを繰り返してしまうような気もします。いつもちょっとだけ緊張感を忘れずに、お酒は怖いと知った上で、お酒のいいとこだけ頂いてしまおうという作戦でいきます。

 

 

そんなこんなで、アルコール飲めるんだか飲めないんだかどっちなんだよ?な1ヶ月は、あっという間に過ぎていきました。

 

お酒と向き合ういい機会を、神様どうもありがとうございました。

言葉遣いが悪すぎる私の話

私と話したことがある人はみんな知っているでしょう。

 

私の言葉遣いが悪すぎるということを。

 

うめー、やべー、だりー、つれー、きちー、ねみー、などなど。ふざけんじゃねえとか、ばかじゃねーのとか、くそうぜーとか、平気で使います。

 

そしたら昨日ついに、彼からお叱りを受けました←

 

「本当にここ最近、言葉遣いが酷すぎる。ここらで一度言っておかなきゃと思って伝えた」とのこと。多分けっこう本気で叱られたと思う。

 

前から思っていたんでしょうね、それが最近ますます酷くなったので我慢できなくなったんだと思います。そりゃ自分の彼女の言葉遣いがこんなんじゃ誰だって嫌だよね、反省。

 

 

そもそも、最初からこんな言葉遣いだったっけ?

ちょっと過去を振り返ってみることにしました。

 

もともと女の子らしいこと全般が苦手だった幼少期から、言葉遣いはわりと悪かったかもしれません。都合の悪いことは忘れましたが、一人称が俺にならなかったのが奇跡なくらい。

 

あと男職場にいたことも原因かと。対上司や先輩ではなくて、同期や後輩と喋ると自然とこの言葉遣いになっていたような気がします。ナメられたくなかったという気持ちもあったと思います。しょーもないところで虚勢張ってしまっていたなあ。

 

 

そういえば先日、Twitterでは箸の持ち方で一悶着ありましたね。

 

あれ、もちろん箸の持ち方ひとつで勝手に決めつけるなという気持ちもわかります。教鞭を取る立場の人間から教え子に対して発するのはマズかったなと。

 

でもね、私たちは悲しいことに箸の持ち方をひとつの判断基準として捉らえる文化の息づいた社会に生きています。それはもう当たり前のように。

 

もちろん"気にしない人"もたくさんいます。でも、"気にする人"もたくさんいます。箸の持ち方がおかしいだけで、そういった"気にする人たち"が自分にマイナス評価を下す理由を与えてしまっているのです。

 

正直、私は箸がうまく使えません。全く使えないのではなく、意識すれば多少は使えるという程度。慣れ親しんだ人との食事の席では、拙い箸づかいのまま食事をとります。だけど畏まった席では、極力正しい持ち方を心がけます。その行動を、誰が見ているかわかりませんから。

 

 

今回の私の言葉遣いの件も、まさにこれに当てはまるなあと。自ら汚い言葉遣いを晒して、他人が私を低く評価する理由を与えてしまっているのです。そして汚い言葉遣いは、相手に不快感を与えます。与えなくていいものばかり、与えてしまうのです。

 

そう、だからもう、汚い言葉遣いをするのはやめます。

 

 

 

 

と、言いたいところだけどさ。

 

直し方がさっぱりわからない!!!

 

もう長年染み付いた口癖、これを直すのは本当に大変そう。でも、さすがにもういい大人なのに、うぜえとか言ってる場合じゃないのは理解しています。

 

ただね、口癖は時に自分の人生を左右します。"女らしくするのが嫌で発した汚い言葉"、もう別に女としてちゃんと生きていくよと思ったって、"汚い言葉を発するから女らしく見られない"ことでまた逆戻りしていたように思います。

 

いままでさんざん、友達にも甘えていたなあ。ついお前って呼んじゃうんですよね。すごく嫌だったよね、ごめんなさい。今度から気を付ける、けど、急には多分、むりだ。ごめん。

 

 

とにかく、勢いでがつがつ喋るとついぽんぽん汚い言葉が出ていってしまうので、もう少し落ち着いて喋ろうかな。だめだ、書いているそばから出来る気がしない。でも少しずつね、せめてくそって言葉をやめます。これはもう、純粋に汚い。

 

あと汚い言葉直しついでに、ネガティブな言葉もどんどん減らしていきたいと思います。"どうせ私なんかできっこない"を封印。失敗したって何度でも取り組むよ。これまで何度も失敗したけどね、でもだんだんネガティブ減ってきている気がします。意気込みって大事。

 

 

そんな感じで、言葉遣いに気をつけていきます。

年齢を言い訳にする人は超カッコ悪い

今ではその言葉を知らない人はいないはず、そんな"アラサー"という言葉ができたのは、2006年なんですって。知ってました?13年前、私が高校1年生の頃に生まれた言葉なのです。

 

そんな私も今では28歳、勝手にアラサーというくくりを設けられています。頼んでいませんけど。

 

ていうか、アラサーって言葉って完全に揶揄ですよね?嘲笑うための単語ですよね?"アラサーかっこわらい"って読みながら表記は"アラサー"って略しているんですよね?悪意に満ちた言葉、そんな気がします。

 

 

28歳って、そんなに終わっている年齢ですか?

 

私、変なとこ自信過剰なんです。だから28歳っていう年齢には全く引け目を感じていません。だって「まだ28歳」だよ?80歳越えのじいちゃんばあちゃんから見たら希望の塊だよ?というかそんなじいちゃんばあちゃんだっていくつになっても希望の塊だと思うけど!

 

たまにさ、SNSとかで"もう26歳のアラサーだからBBAですよー"なんて自分を卑下してるの見かけるけどさ、主語でけーよ!って思いますね。まずそもそもアラサーの定義は27歳から34歳ですし(こまかい)、あなたの気持ちと身体が勝手に老いてBBAになっているのは仕方ないかもしれないけど、それを26歳という年齢を理由にされるとカタハラ痛いんですよね。

 

こっちは28歳だけどBBAじゃないんで。

 

というかたかだか30歳を越えたくらいでBBAになってたまるかっちゅーねん。45歳くらいかな、それくらいを越えたらちょっと、いろいろ見直そうかなって気持ちになりますけど。

 

世間は言うじゃないですか、30歳になっても独り身の女なんて終わっている、と。

 

そんなやつらには、何言ってんの女は30歳からだよ!と言ってやりましょう。

 

30歳過ぎた女っていうのはね、20代とは比べ物にならない知性教養を兼ね備えた、内から滲み出る美しさを持っているんですよ。外見はそりゃあね、ハリとか潤いとか徐々に失われていきますけれど、消えていくものに目を向けるんじゃなくて蓄えられていくものを見てもらいたいですね、男性諸君には。

 

もちろん女も努力は必要です。蓄えるのは知識財産や経験であり、贅肉ではありません。そして、それは異性に媚びるためではなく、自分で自分を豊かにするために身につけるものなのです。

 

20代はとにかく迷う、30代ももしかしたら迷うかも。そして不惑の40ですよ。きっとその頃には芯がしっかり定まっているはずです。そんな女性をただ"アラフォー"とひとくくりにするのなら、馬鹿野郎って言ってやります。

 

人を、いちいちカテゴライズするな!

 

この一言に尽きます。

 

カテゴライズされると、人はその通りになっていきますから。勝手に枠にはまろうとするだけならまだしも、その枠からはみ出さないように動きも鈍くなっていきますから。そんな人、つまらねえよ。

 

それが年齢でくくられちゃったら、そんなのだれも逃げられないよ。だからやめよう、その言葉。いちいち反応するのもバカらしい。

 

28歳っていうのは単なる数字です。それ以上でも以下でもありません。

 

 

 

なんでいきなりアツくなって語りだしたかって?常日頃思っていたのがなぜか急にあふれ出てきただけだよ。帰りの電車でもくもくと書いてみました。

 

どうか、同じ想いでもやもやしてる人に届け。

貧乏人がお金儲けを悪だと捉える理由

それは単純に、売値に納得がいかなかったからだと思います。

 

 

急にはじまりました、お金の話。

どうぞお付き合いください。

 

 

例えばレストランとかでさ、普段はコース料理が3,500円なのに、クリスマスやバレンタインシーズンには4,800円の特別コースに切り替わっていたら、正直どう思いますか?

 

お金がある人にとっては、それは特別な時期であり、提供する側にとっても大きなビジネスチャンスであることが容易に想像できるわけです。お金がある人って、自分でビジネスをした経験がある人も多いはず。だから想像力を働かせることができるのです。

そして、お金があるがゆえにその金額の振り幅は想定の範囲内。生活を切り詰める必要がないので、難なく支払うことができるはずです。

 

 

では、お金がない人はこれをどう思うでしょうか。

 

彼らはきっと、"納得がいかない"と思います。

 

ただでさえ、普段は通常価格のコース料理さえ手が届きません。やっと訪れたイベントシーズン、こんなときくらいは素敵なコースを食べたいなとレストランを訪れたら、いつもより金額が跳ね上がっています。

 

そしてこう思うわけです、"人がたくさん来る時期に合わせて値段をあげるなんて、汚い商売だ!"と。

 

店側からしたらあたりまえじゃないですか、そうすることで利益を出さないと商売になりません。なのにお金がない人は、無意識に商売人たちに慈善事業を求めているのです。

 

 

私も、正直今現在だってお金がない側の人間です。それはもう圧倒的に。

 

でも実際に働いていたレストランに訪れる様々な人たちを見て、この事に気付くことができました。上記の話は、お客様から教えてもらった話です。

 

 

お金がない、でも欲しい、売値に納得がいかない、商売は汚い、そしてイコール"お金は汚い"という発想にたどり着く。ここまで悲しい負の連鎖、これが日本の大半の人たちの考え方です。

 

最近私は、物の価格について考えるようになりました。他所の国で作られている食べ物はなぜこの価格なんだろう?服屋が80%OFFセールを行える理由は?新幹線の料金はなぜ高いの?物の値段って、実は奥が深いものです。

 

一番いいのは、自分で何かに値段をつけて売ってみること。今なら街のフリマとかメルカリで簡単に経験できますね。これは強気な値段設定でもあっという間に売れた、こっちはいくら下げても売れない、なんで?と考えるきっかけになります。

 

 

よく思うのがね、何か始めたいなとか気分転換に遠出しようかなって思っても、手元にお金がないことでそれを諦めた回数ってすごく多いなと。

 

何かをチャレンジするきっかけを、お金でつかむことだってできます。逆にお金があれば、やりたくないない仕事をしなくたって済むかもしれません。

 

結局、世の中の大半のことはお金で解決できます。

 

お金がすべて、とまではいきませんが、困ったときにお金があれば回避できることもたくさんあります。

 

 

だからね、ないがしろには出来ないんです。

 

 

何に使うのか、なぜ給料はこの金額なのか、足りないなら補うのか、それとも諦めるのか。お金って難しいんです。そんなお金の事をわざと考えずに過ごした先に待っているのは、無価値な浪費と消費だけ。

 

そんなことを偉そうにいっている私はというと、お金を何に使うか、何を諦めるのか、という消費の方向性をようやく定められるところまで来ました。

次は、足りない分をどう増やしていくのかについてが課題です。

 

 

そういえば、友達とも彼とも家族でさえも、お金の話ってしたことないです。あっても、生々しい金額とか言わずに上っ面を撫でるような当たり障りのない言い回しで。

たまに私が今の給料は手取り~円で、とか行っても相手は絶対言いませんからね。いままで2~3人くらい暴露してみたけどだれも教えてくれなかった(笑)多分あたまの中では「ふーん、こいつ今手取り~円なのか」ってちゃっかり刻み込んでいることでしょう。

 

もうそれくらい、お金は悪だと汚いと蔑まれているにも関わらず、私たちはそれがないと生きられません。そんな汚いものに私たちはすがっているの?そもそも汚い?

 

 

そんなことをひとりぼんやりと考える日々です。

 

 

お金持ちにぜひ、お金とはどういう存在なのか聞いてみたいな。

 

 

うまくまとまらないので、このへんで。

夜空を見上げてピンと来た話


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きょう休みです。昼間は高校の友達とご飯に行き、夕方から銭湯に行っていました。

 

ひとりで銭湯に行くときは、大体いっしょに岩盤浴もします。20分くらい岩盤浴しつつ、合間にマンガをがっつり読んで過ごすという感じ。そしてまた岩盤浴。これやってるとあっという間に3~4時間くらい経ってしまうんです。本当は休憩は短めにして1時間で2~3回岩盤浴すればいいみたいだけど、そんなの知らねえ。

 

 

そして気付けば夜。まっくら。

 

真冬とか寒い時期だと、もう寒すぎて一目散に帰りたくなる時間です。でもいまの時期は違います。優しく静かに吹き抜ける風が気持ちいいのなんの!

 

"夜の帳が下りる"なんて言葉がありますね。日が沈んで空が宵闇に包まれる様を表す言葉。どことなく風情を感じます。

夜って不思議な時間です。その静かな様子が不気味に感じることもあれば、真っ暗なのにどこかほっとすることもある。日によって、気持ちによって、捉え方も変わってきます。

 

 

よく、考え事は夜にしないほうがいいという話を聞きます。太陽の出ていない時間の考え事は、どうしてもネガティブな方向に傾きがちです。確かに、仕事の反省とか将来のことなんかを考えるのって夜が多いし、大体後ろ向きな思考に陥っている気がします。

 

でも、考える内容によってはそんなこともないんじゃないのかなあと。

 

今夜は雲ひとつない空にいくつかの星が見えました。空が異常に高く見えたのが印象的。それにつられてなのかなんなのかわからないけど、なぜか妙に壮大な気持ちになって、あー私ってどこにでも行けるんだなーって思ったのが今夜のハイライト。これが今の私にとっては目の覚めるような大発見でした。

 

五体満足で、休みもあって、少ないけれど貯金もある。じゃあなんで今までどこにも行かなかったのかなって、向き合いたくないことにふわっと向き合わされました。私が外に目を向けられていないから、どこにも行こうとしていなかったんだなって。そりゃあどこにも行けないよ。

 

それは場所であったり、人生において目指す地点であったり、様々です。そんなあらゆる可能性に諦め気味になっていました。こうしたい、とか、こうなりたい、っていう主体的な願望を押し込めているうちに、こうしておけば大丈夫かな、とか、こうなれば文句言われないかなって歪んだ解釈で物事を決断していました。

 

ぐらつかず、堅実で、地に足ついた考え方の私の完成です。

(そんな風に振る舞えてはいなかったかもですが)

 

それが今夜、うすらさむいけど夜空を見上げたことでちょっとだけど光明が差したんです。世の中的にも超絶当たり前で、何を今さらって思われるようなことだけど。ああ、ほらまた~されるって考えた。身に付いた癖ってなかなか抜けないのね。

 

"この先どうしていけばいいのかわからない"いう、恐らくだれもが一度や二度ぶち当たったであろう悩みに私もこの頃悩まされていました。ただ、悩みのベクトルが変だったなあと。

"この先どうしていけば周りの人間に迷惑をかけずおかしいと後ろ指差されずに済むのかわからない"が正解です。

 

気にしい人間の成れの果てだなー本当に。冷静に考えて、私は誰かの歩む道を迷惑だと思ったり嘲笑したりした?してないよね?っていう話ですよ。ぶっちゃけ他人がどうあろうと自分のことで手一杯なんです。逆もまたしかり。

 

さんざん聞いたであろう言葉、"自分の人生の主役は自分"。まさかこんな何でもない日の銭湯行った帰り道に、バッチリ理解してしまうとは思っても見ませんでした。これがさっき上げた悩みに対する、唯一にして絶対的な答えです。

 

ほらね、夜の考え事もたまには悪くないです。

 

 

 

夜中にひとりで勝手にアツくなってしまいました。こーゆー話、するの大好きなんです。

 

ただね、朝になったらスッゴい寒い話をべらべら喋ってたなーって思ってきっと消します。朝消さなくても、近いうちに読み返したら恥ずか死にたくなって消します。

 

だからそれまでの間、置いておきます。

 

なんてことない日の夜のお話でした。

狭きながらも楽しい我が家

アルコール関連のことばっか書いていたので、ちょっと違うお話もしてみようと思います。

 

 

実はこの春、実家のリフォームが始まりました。きょうはそんな実家のお話です。

 

 

私の育った実家は、アパートの一室です。他所の家みたいに立派な一軒家だとか、モダンなマンションだとか、そういった場所での暮らしに憧れていましたが、我が家はアパートでした。

 

しかも名前がダサい。◯◯荘、昭和の香りが漂いまくっています。せめてコーポ◯◯とかがよかった、カタカナの方が幾分かマシ。今となってはどうでもいいんだけど、幼い頃はアパート暮らしが結構コンプレックスでした。

 

 

アパート暮らしって、当時は片親の家庭とか、ちょっと複雑な家庭とか、そういう環境を連想させたものです。だけど我が家は至って問題なし、他所よりちょっと所得が低いくらいです。そもそも、他所の所得も我が家の所得も知らないので、比べようがなかったのだけれど。いやまて、所得が低いって、問題あるな。

 

我が家は家賃が発生していません。住んでいるアパートは、父方の祖父が生前に建ててくれました。6畳×3部屋の空間が6つと、5~6台止められる駐車場があります。我が家を除けば、5世帯が暮らせます。うまくいけば家賃収入が入ってきます。我が家が平穏に暮らせたのは、この家賃収入のお陰だと思います。

 

家賃収入と聞くと、親の稼ぎが少なかろうが副収入が入ってくる分ゆとりが持てるのでは?と思われがちですが、そうでもないようです。

 

もともとかなり昔に建てたアパートなので、あちこちにガタが来ています。まず土壁。知ってます?あのじょりじょりした壁。緑色で部屋がめっちゃ暗い印象になります。それから風呂釜も、ボタンをピッと押せば涌かせるような仕組みではありませんでした。カッカッカッてハンドルを回しながらガス火を点火するなんて、みんな知らないでしょ(気になった人は"バランス釜"でググってね)。あとウォシュレットもありません。これをそのまま放っておくと、誰も住んでくれなくなるんですよね。

 

なので、家賃で得た収益を一部、修繕費に充てます。アパート一棟まるごと建て替えればって思う人もいるかもしれないけど、いつも誰かしら住んでくれているからそういうわけにもいかないんだよね。私達一家も住んでいるしね。なので我が家以外の貸部屋は、人が出ていったタイミングできれいに生まれ変わります。実家だけがボロボロのまま、そこで私達は暮らしていました。

 

 

そんな我が家を見限った、とかそんなことではないのですが、私は自分の力で生活していきたいと考えて21歳で家を出ました。

 

実家にはちょくちょく顔を出していましたが、古いな~いまにも崩れそうだな~と気が気ではありませんでした。特に震災に遭ってからは、土壁にヒビが入ったり柱がずれたりと、マジで崩れるんじゃないかとヒヤヒヤしていました。

 

 

だけどついに、そんな我が家もきれいになる順番が回ってきたようです。

 

正直、我が家がリフォームすることは一生ないんだろうなと思っていました。他所の部屋をきれいにして、空き部屋をなくして、話はきっとそれからだと。だからお金を少しずつ貯めていたであろう両親には感心しました。

 

我が家は基本的に、ローンを一切組みません。家電を買うときも新車を買うときも、一括払いの一択です。ローンを組めば必然的に利子が発生するし、返さなきゃいけないというプレッシャーも出てきます。だから一括払いで買えるものしか手を出さないのかなと。

 

だから今回のリフォームに掛かる費用も、もちろん一括払い。金額は内緒ですが、人によってはローンを組みたくなるのかも。

 

ここでもしも見栄を張って、アパートをまるごと建て直して大きな一軒家を建てるぞー!なんて言い出したら、さすがに一括払いは難しくなります。返済の目処が立たないし、家賃収入もなくなる、間違いなく後々破綻します。なにより、親が死んじゃったら払うの私じゃんってなるしね。

 

いつか読んだ節約系ブログに書いてありました。ほしいものがあるなら、逆算して先に必要な金額を貯めて、その購入額に到達したら買うこと、と。このブログではもう少し小さいものの購入を指していましたが、我が家のやっていることってまさにこれだなあと思いました。

 

見栄を張らずに今あるアパートの一室を快適にするという選択は、いまの時代の考え方にとても合っている気がします。ミニマリスト的な感じでいいなと。6畳×4部屋(我が家だけ一部屋多い、じいちゃんサンキュー)って、3人で暮らすなら充分足りてしまうんですよね。

 

 

何がよかったって、家族間のちょっとしたぎすぎすした感じがなくなるのがよかったなと。

 

例えば家具屋に行くと、こうなります。

「ああ素敵な家具をきたいけど家がボロボロだから無理だな、引っ越したい」

「そんなお金ないじゃん」

「お父さん給料安いから」

「ボーナスないし」

「は?」

もうこのくだり何回やったことか。ちょっといいものを見ては、うちには合わない、だって家がボロボロだからっていう一連の流れ。私はこれがすごく嫌でした。

 

 

勘違いしないでほしいのは、うちは全く裕福じゃありません。だってもしも裕福なら、いま住んでる部屋だって貸部屋にして、とっくに自分たちの一軒家を建てているのだから。

 

いま自分たちが持っている手札や資産の中で最善を尽くした結果なんだなあと思います。どれが正解、とかそういうのはないけれど、きっと我が家的には大正解です。

 

あと何がいいって、みんなで床材や畳の色を決めたり、オプションを選んだみたいなんだけど、これもう恨みっこなしって感じでいいですよね。正直どんな仕上がりかはみんなうまくイメージできてるのか危ういので、完成してみないとわからないのですが。なにせ素人軍団なので。家を建てたりリフォームしたりって、こういう家族の共同戦線が繰り広げられておもしろいなと思います。私も実家にいればこれに参加できたのになあ、ちょっと悔しいです。

 

 

こないだ顔出したら、なぜかお風呂場だけ出来あがっていました。めっちゃ狭いんだけど、今っぽい。なんか浴槽の隣の壁は木目調で洒落てるし、なによりカッカッカッてガス火を点火させるあのドでかいバランス釜が消えたのが嬉しい。なにこれ本当に我が家?って思いました。

 

あと台所も配置が変わって新しくなるそうです。母親が三ツ口コンロになるって喜んでました。我が家は全員わりと背が高いので、それに合わせた高めの調理台を選んだそうです。換気扇も以前はマジで大きな羽根がくるくる回ってるのが見えるようなヤバめの仕様でしたが、他所の家庭のように普通の仕様になるようです。

 

 

きのう連絡したら、もう全部出来上がっていて、今週末には引き渡しだそう。ちなみにリフォームの間、家族は同じアパートの別の部屋に住んでいました。もちろん家賃発生しない、家具も自力で移動させたそうです。私は全然手伝いにいっていなかったので、今度なんか美味しいものでも作りにいこうかな。本当はただ新しいキッチン使いたいだけなんだけど(笑)

 

そういえば、部屋が新しくなるから今まで使っていたボロボロの家具をいよいよ買い換えるそうです。こないだ家族みんなでIKEAに行ってきました。全員の舞い上がり方がいっそすがすがしかったです。あれだけリフォーム代を値切り倒していたのに、その分で家具や食器めっちゃ買い込みそうな勢い(もちろん止めましたが)。いままで家具屋に行くと喧嘩ばかりだったから、よかったなあと。

 

 

まあそんな感じで、実家は相変わらずアパートだし激狭だけど、ちょっと小綺麗になって両親がのびのび老後を過ごせることに安心した私でした。

妹(25)はいつまでパラサイトするつもりか知りませんが、ちゃっかり自分の部屋の床材をチョイスしていました。生意気な。

 

私も引っ越しを2回経験しているけど、新しい部屋ってわくわくするよね。いま自分が住んでいるところもわりと快適で気に入っています。

これから引っ越しやリフォームをする人に、どうか幸あれ!

お酒を控え目にして過ごした1週間後

仕事の日は相変わらず、ワインをテイスティングしても飲み込まずに吐き出す戦法でやりすごしています。

 

この1週間ちょっとの期間、友達とバルで飲んだサングリア1/2杯と前記事のマリアージュ探しで飲んだワイン30ml以外はマジでお酒を飲んでいません。

 

 

たった1週間ちょっと、されど1週間ちょっと。

 

私に起きた変化をお話しします。

 

 

・いつも眠い状態からの解放

仕事の日は行き帰りの電車でずーっとあくびをしているか寝ているか。休みの日も午前中いっぱい寝て昼寝もして、夜はご飯を食べながらお酒飲んで、満足したら寝るという生活でした。

最近は、7時くらいに目覚めてそのまま家事をしたり朝ご飯をゆっくり食べたりしています。日中の眠気もなくなり、あくびが止まらないなんて状態からも脱出しました。

 

・疲れにくくなった

階段の上り下りで疲れるとか、そんな次元じゃなくて、目覚めて起き上がってちょっと何かするだけで疲れてました。家を出る前にHPがほぼゼロみたいな状態。

それがなくなって、外でも大股でしゃきしゃき歩いています。しんどかった宅トレも、急にまたやる気がみなぎって来ました。お陰で今日も筋肉痛。

 

・気分の浮き沈みが減った

適度な量のアルコールを摂ると、セロトニン(不安抑制)やドーパミン(快楽)の分泌量が一時的に増えます。でもあとから調べて知ったんだけど、過剰なアルコール摂取は、セロトニンが激減するらしいです。私も毎日ではないにしろ、飲むときは結構な量を飲んでいたのでこの状態に陥っていたのかなと思います。

お酒を飲まなくなると、気分がすごく穏やか。自分はダメ人間だとか人生詰んだとか、そんなことばっか考えていたあの日々はなんだったのか(笑)

 

・呼吸が楽になった

休肝日ゼロ生活が災いしたのかわかりませんが、深呼吸がうまくできないことが多かったです。それであくびが多かったのかな?あと不安だとずっとドキドキしっぱなしになるのも関係していたのかも。

ここ数日でその状態もぱったり治りました。

 

・身体が軽くなった

アルコールって満腹中枢をバカにさせるみたいで、いくら食べても飲んでも満足しにくいんですよね。飲酒し始めてから一番大きかった変化が体重の激増。この半年で体重が4㎏も増えたんです。

飲酒の機会が減ると、食べる量も普通の1人前になります。しかもつまみのような高カロリーかつ塩分過多な料理を食べなくなってきました。お陰で、すでに体重が1㎏減っています。

 

・目の回りの赤い点が消えた

嘔吐癖がある人とか知ってると思うんだけど、喉元に指いれて無理やり吐こうとしたりするだけで毛細血管がイっちゃうらしいです。目の回りは皮膚が薄いので切れた毛細血管が表面に見えてしまって、赤いぶつぶつだらけになるんだとか。はじめてこの状態になったときは何事かと思いました。

もちろんこれも、飲まなくなれば吐く必要もないので現れることはなくなりました。

 

 

ざっとこんな感じかなあ。体調面の変化が本当に著しいです。どんだけ自分のこと痛め付けていたんだろうね。症状だけ並べたら立派なアルコール依存症予備軍でした。飲める量が多い人ほど、気づかないうちに量に拍車がかかって取り返しがつかないことになるみたいです。私の友達は幸い、みんなお酒に強い方ではないので心配なさそう。

 

これから実感するであろう変化は多分、金銭面かな?私が買っているワインって安いものばかりだけどそれでも1000円前後するんですよね。休みの度に飲むと1ヶ月で諭吉一人とさようならすることになります。他にも出先で2杯くらい飲めばあっという間に1000円。ついでにつまみも頼めばさらに1000円。これが減るとだいぶ懐も余裕が出てくるかなと思います。

 

他にも、肌がきれいになったりお腹の膨満感がなくなったりと、とにかくいいことづくめらしいので、もうしばらくお酒は控え目に過ごしたいと思います。

 

 

たった1週間お酒の量を控えただけでこれだけの違いを実感できると思っていなかったので、正直おどろきました。

 

そういえば以前、ハイカロリーな食生活をしていたときも調子悪かったけど、少しずつ改善していったらだんだん元気になっていったっけ。

 

摂り込んだものが身体を作るって本当なんですね。運動は食生活を正して疲労感を取り払ったあとに、イキイキと取り組むのが正解かな。大人になって失敗続きですが、超健康体を取り戻すためにがんばるぞー!